【企画】覆面小説家になろう〜雨〜
No.05 Under the sun

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「……子供の頃から、この町には世話になっているからな。じいさんだって今、周りの人にすごく世話になっている。だから何か返したいってのもあるし、あと監督引き受けたのは――、子供の顔も覚えるためかな。それこそ、こんな時代だし」
 学校で地域の繋がりが薄くなっているという話をよく先生に聞かされるが、本当にそれを考えている人が現実に、しかもおじさんではなく若い男の人でいるとは思わなかった私は、思わず彼に反論してしまった。それは「格好悪いこと」だと私達は思っているからだ。
「でも、ひとりでこんなことしても、何も変わらないじゃん。それでも、悪い人はいるよ?」
 彼は手の中のボールを見ながら、少し何か考えていたが、やがて口を開いた。
「そうだな。確かに俺一人、何かしても何も世の中変わらない。――でもあの時みたいな、雨やどりの時に見たような顔は、もう見たくない、と思う」
 静かに答える彼の言葉に、私はどきりとした。それはあの雨の日に、私が彼に襲われるのではないかと怯えたことを指しているのだろう。
「あんな顔、子供にはさせたくない。俺に親が居なくても、周りに育ててもらったように、子供には笑っていて欲しいと思う。こんな事しても、何も変わらないけれど。こんな事しか――出来ないけれど」
 津木さんはため息をついてそう言うと、その白球を青い空に高く真っ直ぐに投げた。

 砂を零して、太陽の光の中に舞い上がるそれが、私にはやけに眩しく映った。
 そしてその白球は、戻ってくると大きな手にぱしんと音を立てて受け止められた。
 その時、私の心の中でも何かが大きな音を立てた。
 ――自分一人で頑張っても、何も変わらないから。その姿を、笑われるから。そう思って恥ずかしいと避けてきたことが、私の生きてきた十四年間にもたくさんあった。
 そんな恥ずかしいことを、一生懸命やっている人がいる。
 なんて馬鹿げているのだろうか。なのにどうして、じとじとした雨空みたいな私の心と違って、こんな晴れた青空がよく似合うように見えるんだろうか。

 彼はボールを持って私を振り返った。目と目が合い、そのボールが何気なく私に渡された。
 ――その時、私は何か大切なものを受け取った気がした。

 格好悪いと思っていた筈なのに、どうしてこんなに気になるんだろうか。

 とても恥ずかしかったが、私はボールを握り締めながら俯き、ぽつりと呟いた。
「私も……ソフトボール、出ようかな……」
 彼はまた驚いた顔をして、私を見た。だけど私自身が一番驚いていた。
 どうしてだか私にはない、そのお日様みたいな彼の持つ何かが、気になって仕方がなかった。

 この日、梅雨明け宣言がされた夏の青空が、背の高い彼の上に広がっていた。

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