【企画】覆面小説家になろう〜雨〜
No.05 Under the sun

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はじまりは、梅雨の終わりの雨の日だった。

 夏休みまであと一週間。帰りのホームルームで先生が、夏休み町内対抗子どもソフトボール大会の話をしていた。中学生となるとそういったものにも参加しなくなるが、積極的に参加するように、というようなことを言っていた。
 友達が眉を寄せて「かったるいよねー、かける」と私に囁いてきたので、つられて一緒に笑ってみた。
 そんな話を最後に、三者面談でいつもより早く学校が終わった昼下がり。今日に限って一人きりの帰り道の途中、急に雨が降り始め、それはすぐに大雨となってしまった。
 学校から家まで歩いて四十分。このまま帰ろうかどうしようか悩んだが、まだ十分ほどしか来ていない。私はとりあえず目の前にあった神社の鳥居をくぐると、奥にある社の軒下に飛び込んだ。
 私が屋根の下に入った直後、雨は益々粒を大きくし、ばたばたと大きな音を立てて、屋根や地面に穴が開きそうなほど叩きつけてきた。
 強引に帰らなくて正解だった、と私がほっとした――その時。雨の音に足音がかき消されて気付かなかったが、突然眼の前に人影が現われたので、私は思わず声を上げそうになった。
 軒下に駆け込んできたのは、Tシャツにジーンズ姿の男の人だった。年齢は二十代といったところ。そして彼もまた、傘も持たずに濡れていた。同じく雨やどりに来たのだろうか。人がいるとは思わなかったのか、私を見てやや驚いた表情をしていた。
 しかし雨は身動きがとれないほど酷く、結局その男の人も「雨、酷いな」と私から目を反らしながら言うと、同じく軒下に立った。
 こうして私は、知らない男の人と雨やどりをすることになってしまった。

 これで梅雨も終わりだからと、雨は自棄を起こしたように叩きつける。昼間だと言うのに辺りは夕方のように薄暗くなり、神社には誰も居ない。時折、鳥居の向こうの道路を車がざっと通り過ぎていく。
 私は段々、恐くなってきた。
 杉の木に囲まれた、薄暗く人気の無い神社。春頃には不審者も通学路に現われた。雨で濡れた白いセーラー服も、透けてしまっていないかと心配になる。
 ――このお兄さんは変な人、じゃないよね……?
 今の時代、この田舎の町でも何が起こるか分からない。怪しいと思ったら声を掛けない、掛けられても答えない、逃げ出す事と母親に教えられている。隣の背の高い男の人をちらりと見上げ、密かに警戒しながら私はこれからどうしようか悩んでいた。
 ――この雨の中走って帰ろうか。でも変な人じゃなかったら失礼かもしれないし……。
 雨は弱くなる気配がない。彼がいっそ居なくなってくれないかと思ったものの、平日の昼間に私服でいるこの謎の男性は、そこを動きはしなかった。

 私は携帯電話を取り出し、仕事中の母親に電話を掛けた。祈るように呼び出し音を聞いていると、意外にあっさりと繋がった。
 神社に居ることを伝えると、丁度近くに居るので迎えに行く、と言ってくれた。私は胸を撫で下ろし、わざと彼に聞こえるように母親の言葉を繰り返す。
 しかし安心して電話を切った私に、突然その男性は話し掛けてきたのであった。
「家の人、来るの?」
「え? あ? はいっ!」
 急に声を掛けられて、私はそのまま何か変なことをされてしまうのではないかと、たじろいだ。思わずびくんと身体を揺らし少し後ずさると、ひっくり返った声で返事をする。
 しかしそんな風に怯えた私に、逆に彼の方が驚いた表情をした。そして、深くため息をついた。
「――ごめん。あやしい者じゃない」
 失礼な想像をしていたことを知られてしまった、と私が少し焦っていると、今度は彼の携帯電話が着信音を鳴らした。
「はい。――あ、八幡神社のところで、ちょっと中学生見かけて、――いえ、ただの雨やどりみたいです。保護者の方来るそうなんで。……そうですね、保護者さんが来次第、役場に顔出します、はい」
 私は彼が電話で話す様を目を瞬かせて見ていたが、やがて彼は電話を切ると、無愛想な表情でまた私を見下ろした。
「恐がらせて、ごめん。雨やどりでいきなり自己紹介もおかしいと思って……言わなくて悪かったが、役場の防犯係の職員の者だ。今日は代休だったんだが不審者情報が入って、誤報の可能性が高かったけれど、近所だしお前も暇ならパトロールしてこいと言われて。――それで出てきたらこの雨で、君が此処に一人で居た」
 急には信じられなかったが、その話が本当だとしたらこの男性は悪い人とは、逆の立場の人になる。つまり雨やどりで偶然出会った私を心配して、傍に居てくれた――らしいのだ。
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