【企画】覆面小説家になろう〜雨〜
No.05 Under the sun

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 確かに唐突に自己紹介されてもおかしい(言われても疑っただろう)し、誤解して悪かったかな、と素直に思うが、それでもやはり嘘かもしれないし……、と私が思った時、車のクラクションが聞こえてきた。
 いつの間にか弱まってきた雨の中、鳥居の前に見覚えのある赤い車が止まり、中で母親が手を振っていた。
「お母さんだ」
 思わずほっとした声になる。しかし、今度は母親にこの人が不審者だと思われてしまわないかと私はふと心配になったが、彼は意外にも母親と会釈し合っていた。
 私は不思議に思いながらも彼にぺこりと頭を下げて、車へと走った。
「陽君と一緒だったんだ」
 車に乗るなり母親はそう言った。

 あの青年は、「津木さんのところの陽君」なのだと言う。なんと彼は同じ町内に住んでおり、家が離れているので交流は殆どないものの、両親は赤ちゃんの頃から彼を知っているらしい。彼は早くに両親を亡くし、今は育ててもらった祖父の面倒を看ながら町役場で働く、まだ独身の二十五歳――だそうである。
 近所の人って知っていれば、あんなに怯えなかったのに……と、私は勘違いした自分を恥ずかしく思うが、知っている人や近所の人でも何をされるか分からない時代だから、仕方なかったとも思う。
 未だに男の子に間違えられる髪の短い私でも、女の子なんだから、と母親は毎日のように口うるさく言うし、あんな場所に駆け込んだ私も無防備であったと今更ながら思う。
 ――私が悪いわけじゃない。でも「津木さん」も悪くない。
 雨足は弱まったものの、まだしつこく降っていた。しとしとと鳴る音が、部屋で一人で考える私の心をやけに、はやらせる。私を心配してくれたあの男の人のことが、彼に悪いことをしたと思っているからか、何故か頭から離れなかった。

 次の日の朝。眼が覚めた私は、天気を確認しようとカーテンを開けた。
 雨は止んだものの、まだ空は曇っている。窓の下をふと見ると、なんと土曜日の早朝だと言うのに、昨日の男の人が居た。私が驚いて覗き込むと、軍手をはめた彼は、黙々とゴミを拾っていた。
 朝食の時に父親に尋ねてみると、今朝は町内のクリーン活動の日だったらしい。各家庭から一人出なくてはいけないので、父親も参加したと言う。
 しかしそれにしても、津木さんはまだおじさんじゃないのに、よくそんな面倒くさいことに参加するなあと、学校で部活をしている間、私はそんな捻くれたことを考えていた。

 部活から帰ると回覧板に挟まっていたチラシを母親に渡され、それを持って二階へと上がった。
 田舎の町は頻繁に何か行事がある。今度のチラシの内容は、昨日先生も話題にしていた、夏休み町内対抗子どもソフトボール大会のお知らせであった。
 男女問わず、中学生も小学生の指導や選手として出場を、と書かれている。友達が「かったるいねー」と言ったことを思い出し、私もそれに合わせなきゃいけないと思ったが、あの彼がまた何か関わっているのではないか、ともふと思った。
 そしてチラシをよく見ると――、案の定、会長名の下に監督として、「津木陽介」と彼の名前が書かれていた。

 何故か私は気になって、チラシに書いてあった練習日に地区のグラウンドへと行ってみた。
 雨は止み、水溜りがまだ残っているグラウンドから続く空は、青く、雲ひとつなかった。
 十人ほどの小学生が、グラウンドを走っている。男の人の低い大声が聞こえ、思わず首を竦めてそちらを見ると、ジャージ姿の彼がグラウンドの端に立っていた。
 私の足が水気を含んだ砂を踏む音に気付き、彼は私を振り返った。
「――この前は、ごめんなさい」
 話し掛ける言葉が思いつかず私が第一声に謝ると、彼はまた驚いたようだったが、無愛想な顔をふっと緩めた。だが、それは少し寂しそうにも見えた。
「別に。俺も小野さんの所の子だって知らなかったし。今の時代、仕方ないだろう。信じていても、子供を裏切る大人がいるんだから」
 色々な嫌な事件を思い出し、私は頷いた。彼はそう言って私から目を反らすと、グラウンドを走る小学生達の方を見た。今の複雑な笑顔と子供達を見ている視線から、私は数日前から疑問に思っていたことを、口にせずにはいられなかった。
「この前のパトロールとか、こういうコーチとか、地域のこととか……、津木さんは、どうしてこういう事をよくしているの?」
 予想もしていなかったことを尋ねられたのか、彼はまじまじと私を見下ろしてきた。そして私の前に落ちていたボールに気付くと、それを拾い上げつつぼそりと答えた。

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