【企画】覆面小説家になろう〜雨〜
No.01 めぐりめぐってめぐるもの
昼間は全員でテーマパーク、夜は飲み会、その後深夜までカラオケ。毎年のことだが、一日がかりのお祭りだ。
「センパイ、幸せになってくださいね」
「元気な赤ちゃん生んでくださいよー!」
酔っぱらったのか、右に左によろめきながら、後輩たちが口々にいう。私は苦笑した。
「そう思ってんなら、酒なんか勧めないでよ」
妊婦に飲酒は御法度だ。タバコもダメ。そんなことは、最初にいってあったのに。
「だって、最後のぶれいこーじゃないですか! 先輩がひとのものになるう」
後輩の一人──かわいい女の子だ──が、大げさなしぐさでわたしのお腹に抱きついてくる。まだ、それほど大きくなってはいない。
「お父さんとは、ちゃんと話したの?」
隣を歩きながら、美咲がさりげなく聞いてくる。わたしは息を吐き出した。
「ぜんぜん。だって、妊娠したっていっただけで、口聞いてくれなくなっちゃったから。でもちゃんと、話すよ」
「そうよ。あんたんとこは母親いないんだから、感謝の気持ちも込めてしっかり認めてもらいなさいよ」
説教じみたいい方だったが、それがなんだかありがたくて、わたしは素直に礼をいった。
そのうちに、雨が降り出した。大学はもうすぐそこだったが、みんなは慌てて走り出す。
「やっぱり降ってきた! あんた、本気で車で帰るの?」
美咲の心配もわかるが、まだ冷え込むこの季節に、サークルルームに泊まり込む気にはなれない。絶対お腹の子に良くない。
「うん、帰るよ」
わたしはそう答えながら、カバンに忍ばせてあった傘を取り出した。
帰って、お父さんと話そう。子を身ごもって初めてわかった、親としての気持ち。男手一つで育てるのは、どんなに大変だったろう。
とても言葉にしきれない感謝と、いまわたしが抱いているこの子への愛情とを、ちゃんと伝えなくちゃ。
F−3
コンビニエンスストアへの道を行く途中、私の頭の中は娘のことで支配されていた。まるで、まだ幼い娘と歩いているような、おかしな感覚にすらなった。
ときは流れているのだと、思い知る。
私は幸せになどなれないだろうと思っていた。自分を支配していた憎しみを不幸にも解き放ったとき、私は幸せになる権利を放棄した。
それが、祖父、というものになろうとしている。
世の中というのは皮肉なものだ。私が願ったのは娘の幸せだけだ。あの日から、自らの幸せなど望んでいない。
しかし、どういうことだろう。
私は幸せなのだ。
それに気づいてしまったとき、ほんの少しの、欲が出た。
どうかこのまま、生きながらえさせてはもらえないか、と。
眩しいほどに輝く店内に入り、どうにか残っていた苺のショートケーキを購入する。さすがにホールケーキは置いていなかったが、これで充分だ。フォークの数を聞かれたので、二本と答えた。
店を出て、傘を差す。ぼんやりと、道を行く。
その暗闇が、視界を覆う雨が、私に現実を突きつけた。
自らの責を、思い起こさせた。
忘れていたわけではない。だが、確かにそれは、薄れていた。
後悔しなかったわけではない。それでも、幸せを願ってしまった。
信号のない横断歩道を渡る。その中央で、ずっと遠くに続く路を見る。
こちらを見据える、黄色い二つの目。
妻は、これを見たのだろう。
あの男は、これを見たのだろう。
私は、目を閉じた。
そうだ、これでいい。
私は、幸せになるべきではない──
身体が跳ねた。
意識の最後で、私は願った。
どうか、娘と、その子が幸せでありますように。
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